YouTube動画が炎上。大食い王の知られざる苦悩【MAX鈴木】

2018.08.15 グルメ
KEYWORD : #動画制作,#大食い,#炎上,#自己プロデュース

 

大食いアイドル・5代目爆食女王のもえのあずきさんを「ずるい」と唸らせた男性が、MAX鈴木さんだ。2015年9月、テレビ番組「元祖!大食い王決定戦〜新絶対王者襲名戦〜」に初登場し、地区予選からベテラン選手をごぼう抜きにした。

30分で積み上がった寿司皿の数は、なんと101皿。歴代最高記録は、大食いブームを牽引したフードファイター界のスター・ジャイアント白田さんの100皿だった。デビュー戦にして、王者すら抜き去ったのである。

 

 

そのまま優勝し、2018年現在も大食い王に君臨するMAX鈴木さんは、現在YouTubeで生計を立てている。しかし、YouTube初期は大いに炎上し、一度は動画投稿をあきらめた。炎上時の苦悩と、そこから軌道に乗せるまでの過程を伺った。

 

デビュー戦で大食い王に。大食い界のエリート誕生

MAX鈴木さんにとって、大食いは人生の転機だった。大食いに出会うまでの34年間を、彼は“ちゃらんぽらんな人生”と言う。

 

 

MAX鈴木:大学を中退して、飲食店スタッフから警備員、トラックの運転手までいろいろなアルバイトを転々としました。大学を中退したのは、大学でやりたいことがなかったからです。高校から指定校推薦をもらって、親に入学費や学費を払ってもらって入ったはいいけど、何をすればいいかわからなかった。大学に行くことだけが目標になってたんですよね。一番大事なことって、そこで何をするかじゃないですか。仕事と一緒で、その仕事で何がしたいかがわからないと、仕事に価値が見いだせないですよね。だから親に「ごめん」と謝って、中退しました。

 

中退後、一番長く続いた仕事は水商売だ。キャバクラ店の店長として店舗運営やマネジメントを経験した。なぜ水商売だけ長く続いたのかと聞くと、「女の子が好きだから」と朗らかに笑う。

 

 

しかし、その仕事も10年ほどで辞め、一般企業の営業職に転職した。

 

はぎぱん:10年も続いていた水商売を辞めた理由は何でしょう?

 

 

MAX鈴木:店長になって店を回せるようになって、自分のなかで掲げていた目標が達成できたんですよね。そこでスッと熱が冷めて、違う仕事をしたくなりました。普通の営業職に就いて、「俺はこの仕事をずっと続けるのかな」と思っていた時に、大食い王決定戦の募集が目に入って。ふと興味がわきました。

 

MAX鈴木さんは、幼少期から大食いのファンだった。特に大食いアイドルのもえのあずきさんの大ファンで、彼女と同じ大食いチャレンジメニューに挑戦したところ、するりとおなかに入った。「俺、いけるかも」と大食い王決定戦に応募し、予選に参加。見事冒頭の快挙を遂げた。

 

 

MAX鈴木:正直、30分間でお寿司を101皿も食べられるとは思ってなくて。直前にフードファイターの檜山先生が84皿食べたのを見て、「やっぱり本物は違うわ。俺には食えない」って思っていたくらいなんですよ。でも食べ始めたらトントントーンと進んでいって。85皿食べて檜山先生を抜いた瞬間、「これで予選は勝ち抜けだ」と思って力が抜けたんです。でも、気づいたらカメラ3台と照明に囲まれてました。

 

すでに、MAX鈴木さん以外は全員箸を止めていた。会場の全視線が自分に注がれている。真後ろには、昔から憧れていた大食い番組の名司会・中村雄二さんが立っていた。マイクを握り、熱のこもった声で「店長、お店の最高記録は」と板前に聞く。「ジャイアント白田さんの100皿です」と言われた時、残り時間は7分。会場の温度が一気に上がった。

 

 

MAX鈴木:完全に100皿目指す空気になってるんですよ。「あ、まだ食べなきゃダメなんだ」と思って、必死で101皿食べ切って最高記録を出しました。憧れだったもえあずには、「私は何年もかけて爆食女王になったのに、MAXはずるい」って言われましたね。あのとき大食い選手権に出たから、ずっとテレビで見ていたジャイアント白田さんにも会えて、フードファイターたちとも仲良くなって…2015年の大食い王決定戦で、僕の人生はガラッと変わりました。

 

炎上し、罵詈雑言の嵐。再起不能の心を救ったものは

華々しいデビューを飾ったMAX鈴木さんだが、フードファイターが活躍できる場は少なかった。そこで目を付けたのがYouTubeだ。

 

 

MAX鈴木:日本だとメジャーな大食い大会は年に1回しかないんですよ。同じフードファイターでも女性はフォーカスされやすいんですけど、男性はあんまり活躍できる場がなくて、やきもきしていました。あるとき「自分で活動できる場を作ればいいんだ」と思って、YouTubeに行きついたんです。まさか仕事になるとは思ってなかったんですけど。

 

はぎぱん:えっ、YouTubeで収益を得る予定ではなかったんですか?

 

 

MAX鈴木:そりゃそうです、わからないことだらけでしたし。最初は大食いを広めたいと思って始めただけです。僕がYouTubeに動画投稿し始めた頃は、男性のフードファイターだとドラコくんがYouTuberとして活動していましたね。彼の動画をよく見ていましたし、参考にもしました。

 

しかし、MAX鈴木さんのYouTuber活動はうまくいかなかった。炎上したのである。コメント欄には罵詈雑言が並び、低評価ばかりが増えていった。MAX鈴木さんはここまで目尻に笑い皺を浮かべながら快活に話していたが、とたんに目線を下げ、声のトーンを落とした。

 

 

MAX鈴木:いやー…正直、思い出したくもないですよ。YouTubeチャンネルが荒れてた時期は運営を人に任せていたんで、自分でも何が正解かわからなくて。とりあえずLINE LIVEをやろうってことになって、生放送の様子をYouTubeにも流していたんです。これがダメだった。なんでかっていうと、LINE LIVEとYouTubeでは求められる温度感が違うんです。LINE LIVEは生放送だから「イェーイ!」ってくらいテンションを上げていいんですけど、YouTubeを見ている人はそういうテンションを求めていません。やたらテンションが高いMAX鈴木じゃなくて、ストイックにガツガツ食べるMAX鈴木が見たいんですよ。

 

最初は何を求められているかわからず、暗中模索の状態で動画を投稿し続けたが、状況は悪くなるばかりだった。どんなコメントがあったのかと聞くと、初めて首を振った。

 

 

MAX鈴木:その言葉は、さすがに言えないです。もう…これは無理。口に出したくもないですね、うわーって思っちゃうので。

 

固い表情をみて質問を引っ込めようとすると、MAX鈴木さんは眉根を寄せながらゆっくり答えてくれた。

 

MAX鈴木:まあ……言ってしまえばトイレの落書きレベルの、「バカ」とか「死ね」とかですよね。これはさすがにないですよ、受け止めようがない言葉じゃないですか。本当、きつかったですね。そのうちコメント欄を見ないようになりました。傷つきたくなかったので。

 

 

その後、MAX鈴木さんは独立し、YouTubeチャンネルを自分で運営するようになった。しかし、一連の炎上騒動ですっかり心は折れていた。フードファイターとしての活動そのものをあきらめかけていたMAX鈴木さんの背中を押したのは、同じくフードファイターのドラコさんとのコラボ動画だった。

 

MAX鈴木:ドラコくんに誘われてコラボ動画に出演したら、「素のMAX、いいじゃん」ってコメントがちらほらあったんですよ。それで「ああ、俺、まだやれんのかな」と思って、MAX鈴木としてのメインチャンネル以外に、素の自分をさらけ出すサブチャンネルを作って動画を投稿しました。そしたら反響が良くて、だんだんYouTuber活動がうまくいくようになったんです。

 

 

サブチャンネルだけでなく、メインチャンネルの登録者数も伸びた。

 

MAX鈴木:生放送向けの高いテンションではなく、自然なテンションでYouTube動画を投稿したら、批判的なコメントは自然となくなっていきました。ドラコくんとのコラボ動画がなかったら、YouTuber活動はあきらめてましたね。彼にこの話すると「いやいや」って謙遜するんですけど、僕が今こうして生き生きとYouTubeを楽しめるのは彼のおかげです。

 

 

MAX鈴木さんを救ったのは、ドラコさんだけではない。妻・ハニコさんの言葉が、当時抱えていた負の感情を断ち切った。

 

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取材・文/はぎぱん 写真/ひらはらあい

 

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『MAX鈴木TV』YouTubeチャンネル

 

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